コンコン




コンコン




あの赤が頭から離れなかった。
いや、きっと今もずっと。









act 16










コンコン





沖田総司の部屋から乾いた咳が聞こえる。
池田屋事件後から沖田が咳をする割合が増えてきたことに
一番隊伍長であるはいち早く気付いていた。
今も聞こえる沖田の咳に心配そうに眉を寄せて、前で七輪で餅を焼いている新撰組副長の土方歳三に目を向けた。




「副長、沖田先生大丈夫ですかね?」

「あァ?何が。」

「先生のあの咳ですよ。」

「・・・・・・・・風邪だろ?」

「そんな、かれこれもう半年あの感じなんですよ?最近はもっとひどくなってきたような気がして。」

「・・・・・・・・。」



土方は無言で餅を裏返した。
さらには続ける。



「一回、お医者さんに診てもらった方が良いんじゃないですか?」

「・・・・・・・・。」



何も言わず、どこか気まずそうに視線をから外した土方に、は怪訝そうに首をかしげた。



「・・・土方さん?」

「・・・あのな、




土方がに何か言おうとしたその時、





コンコン ゴフッゴホォ





尋常ではない沖田の咳が土方の部屋に聞こえてきた。
沖田の部屋は土方の部屋の隣である。
この咳に、と土方はすぐに部屋を飛び出し、沖田の自室の襖を開けた。




「沖田、せんせい…?」

「っ!総司!!」




口から大量の血を吐いた沖田が部屋に倒れていた。
たまらず土方が駆け寄る。
は突然の出来事にその場に立ち尽くしたまま動けなかった。




「あはは、大丈夫ですよ。ちょーっと、いつもより量が多いだけです。」



土方に起こしてもらいながら沖田がいつもと変わらない笑顔で答えた。
そして視線をのほうに向けると、優しく微笑んだ。
は眉をへの字にして、その瞳を見つめ返した。



「せんせい…。」

!何ぼーっとしてやがる!医者を早く呼んで来い!!」

「は…はい!」



土方の大きな声で、の固まっていた足が鍔を返した。
廊下を駆ける足音が遠ざかっていく。
が立っていた入口をずっと見ていた沖田は、「ははっ」と軽く笑って土方を見た。



「あーあ、にバレちゃいましたね。」

「フン。アイツに隠そうとするのが、まず無理な話だろうが。」





新撰組の掛かり付けの診療所まで、全速力で走るは唇を噛んだ。






なんで、いつも傍にいたのに気付かなかったの!



風邪の咳なんかじゃないって、もっと前から分かってたのに…!!



沖田先生!どうか、どうか私の予想が当らないで!






沖田総司が労咳だと聞かされるのは、その日の夕刻だった。



















はゆっくりと目を開けた。
目の前には見慣れた天井がある。
上半身を気だるげに起こし、窓を見た。
やわらかい朝の日差しに、チチチという鳥のさえずり付きの、文字通り気持ちの良い朝だ。




「・・・・・・・・夢?」




全く、懐かしい夢を見た。
この気持ちの良い朝に、全く似つかない最悪の目覚めだ。
は、両手のひらで両目を覆った。



「おきた、せんせい…。」





ピ・ピピピピピピピ




勢い良く鳴りだした機械的な音に、は顔を覆っていた手をどけて、目覚まし時計を取った。
どうやら起きる時間ぴったしに目が覚めたらしい。
「…えーっと、コレどうやって止めるんだっけ?」と、
目が覚めたばかりの回転不足の頭で、は目覚まし時計のOFFボタンを探した。
目覚ましを止めて定位置に戻すと、ピシャリッと両頬を叩いて気合いを入れた。




「…今日は見廻りの日なんだから、しっかりしないと!」




隊服に着替えて右腰に刀を差し、は談話室に向かった。
おそらく談話室では、沖田と山野が今日の見廻りの班分けをしているであろう。

が談話室の襖をあけると、そこには山野が一人で地図とにらめっこをしてウンウン唸っていた。
どうやら、今日も沖田は班分けを山野に任せてサボっているらしい。



「山野さん、おはようございます。お一人なんですね。」

「あぁ、ちゃんおはよう。そうそう、また沖田隊長ってば班分けサボリだよ。」

「あはは、一人で大丈夫ですか?何か手伝いましょうか?」

「いいよいいよ、慣れてるから。」



山野は、右手をヒラヒラと振って大丈夫だと言った。
そして、何か思いついたように「あ、」と言って、邪魔しないようにと談話室を出て行こうとしたを制止した。



「そうだちゃん、沖田隊長起こしてきてくれない?俺いつもそれに手を焼かされてるんだよね。」

「はい!了解です。」

「じゃ、よろしくー。」



快く返事をして沖田の部屋に向かったを山野は笑顔で見送った。
見廻りの班分けよりも、沖田を起こす方が100倍大変なのだ。
きっとなら上手くやるだろう。



「これから、沖田隊長起こす役はちゃんに任せようかなぁ。」



山野はそう呟くと、鉛筆をクルクルと回して、再び地図とのにらめっこに戻った。










は沖田の部屋の襖を軽くノックした。



「沖田さーん、朝ですよー。」



しかし、部屋からは何の返事もない。



「沖田さーん?」



は襖に耳を付けて中の音を聞いたが、物音ひとつしない。
「あれ?」と、は首を傾げて、そっと襖を開いた。



「む?…いない。」



部屋には沖田はおらず、布団も綺麗に畳まれていた。
もう朝食に行ったのだろうかと、食堂に向かって歩きだすと、近藤の部屋から土方の大きな声が聞こえてきた。



「近藤さん!今度という今度は、ガツンとコイツに言ってやってだな、」

「嫌ですねィ、土方さん。これだから心の狭い奴ってェのはいけねェ。でしょう?近藤さん。」

「まあまあ、2人とも落ち着いて、な!トシ、ちょっと総悟のユーモアが過ぎちゃっただけじゃん。許してあげなって。」

「ユーモアァ!?朝起きたら棺桶の中入ってんだぞ!ユーモアはユーモアでもブラックすぎるだろうが!」

「土方さん、どうでした?菊の花に全身囲まれて目覚めた気分は。」

「総悟ォォ!トシの神経をこれ以上逆なでしないでェェ!!」



どうやら、朝一で沖田が土方にいたずらを仕掛けたらしい。
朝からギャーギャーとうるさい近藤の部屋をはそっと開けた。



「おはようございます。あの、沖田さん、見廻りの時間なので迎えにきましたよ。」



控えめに沖田に声をかけたの視界に、頭に菊の花を乗せた土方が入った。
「・・・ぷっ」と、思わず噴き出したに土方が抜刀した。



「お前らなァ!上司と部下揃って俺を侮辱たァ大した度胸だ。覚悟出来てンだろうなァ!」

「えぇ!?ちょっと花を頭に乗っけた土方さんが可愛いなって思っただけじゃないですか!」

「斬る!まずから斬る!」

「何でー!!?」



本気で斬りかかってきそうな土方に、はあぐらを掻いていた沖田の背中に素早く隠れて座り込むと、沖田に向かって訴えた。



「沖田さん、朝っぱらから何してンですか!」

「安心しな、お前は俺が守る。指一本触れさせやしないぜ。」

「誰ですかー!!!」

「知らないのかィ?”ルパン大賛成”の銃使う奴の決めゼリフ。」

「知りませんよ!そんなことより見廻り!見廻り行きますよ!」



『見廻り』という単語に土方が我に返った。
抜刀していた刀を鞘に戻すと、いつもの落ち着いた態度に戻り、沖田に早く見廻りに行くように促した。
ようやくおさまった騒動に近藤はやれやれといった感じに肩の力を抜いた。



「何でィ。もう終わりですかィ?つまんねェなァ。」



土方の棺桶騒動を静かに楽しんでいた沖田は、すぐ騒動が収束してしまったことに、つまらなさそうに口を尖らせた。
そんな沖田の顔を今日初めてしっかりと見たは、沖田の目がいつもより少しトロンとしているように思った。
すると、



ゴホゴホ



と、沖田が痰が絡んだような咳をした。



「何、総悟風邪?めずらしいね。」



滅多に風邪をひかない沖田に近藤が驚いた。
が、それよりも沖田の咳を聞いたの異変に、近藤は目を丸くした。
の顔色が蒼白になっていたのである。



「沖田さん、咳が…。」

「あァ、昨日パトカーごと川に落ちて、しばらく濡れたままだったからなァ。風邪だねィ。」



今まで沖田のいたずらに呆れて目を細めていたとは思えないほど、態度を改めて、
はぱっと素早く立ち上がり、沖田に早く立つように急かした。
これには、さすがのポーカーフェイスの沖田も驚いて目を見開いた。



「今日は見廻りは休んで、お部屋で寝たほうがいいです。すぐにお薬持ってきますね。自分でお布団は敷けますか?
 あ、お医者さんにも診てもらったほうが良いですよね。近藤さん、往診とかお願いした方が良いですかね?」



のあまりの変貌ぶりに、3人はしばし呆然となった。



「え?ちゃん、ちょっとソレ大袈裟すぎない?」

「ただの風邪だろ?そんなもんほっときゃ治るだろうが。」



近藤と土方は何故がそんなにも慌てるのか分からないと首をかしげた。
沖田もそんなの腕を引いて近藤の部屋を出ようとした。



「ただの風邪に大袈裟なんでィ。見廻り行くぞ。」

「いや、でも…。」

「いいから!」



それでも何とか沖田を休ませようとするを、沖田は強引に引っ張って見廻りに出かけた。
後に残された近藤と土方は、2人で顔を見合わせた。



「何だァ?ありゃ。」

「さぁ。」

「総悟の咳聞いたとたん豹変しやがったなァ。」

「咳…。あ、もしかして」



土方の『咳』という単語に近藤が何かに気付いたようで、ポン。と、拳を手のひらに付いた。










その日の夜、沖田は風邪に無理をしたのが祟ったためか高熱が出た。
速攻で沖田を布団の中に押し込めたは、「言わんこっちゃない。」というように、沖田に小言を山ほど浴びせた。
高熱でボヤボヤする頭に小言を重ねられ、沖田は、



、お前バァちゃんよりウゼェ。」



と、熱でピンク色をした頬を言葉とは反対に緩ませながら、の額にパンチを食らわせた。










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はい!新章開始です。
沖田くんが熱です。
ヒロインすごい慌てっぷりですね。
『ルパン大賛成』の銃使いは、特に何の意味もないです(爆)
ヒロインの異変は続きますよー。