早朝5時
まだ外は暗い。夜明けにはもう少し時間がある時間に、は庭にいた。
act 12
腰には昨日土方に返してもらった刀を差している。
は地面に正座をして、目を閉じ黙想した。
どれくらいそうしていたか、空が白みを帯びたころは眼をカッと開いて抜刀した。
新撰組で学んだ天然理心流の型をひとつひとつ確かめるように行う。
流れるような一連の動作に、は、まだ自分の剣術が思っていたほど衰えていないことを実感した。
思う存分稽古をして、は汗だくで土の地面など関係無く、寝転んだ。
心臓の鼓動が耳に響く。
心地いい。
『!まぁーた、稽古後に寝転がって!邪魔です。踏みますよ。』
『ひどいです沖田先生ー。先生の手加減なしの稽古の所為じゃないですかぁ。』
『はは。もっと体力をつけなきゃと実感するでしょう?』
『体力とかの問題じゃないと思う!先生が強すぎるんです!あと目が怖い!!』
『そりゃあ、まず目で敵を射ることが戦いに勝つ要因ですから。』
『…先生の場合、目で敵を殺せそうです。』
『じゃあ、死んでもらいましょうか?』
『こ…怖っ!嘘です!冗談です!はっははは!』
廊下から足音がする。
もう隊士達の起床時間か。
がうっすらと、目をあけると、縁側に呆れたような顔をした沖田が立っていた。
「なんだァ?庭に寝っころがって。踏んじまおうか?」
「うあー踏まないでいただくと助かります。沖田先生。」
沖田は”先生”を付けられたことに、不愉快そうに眉を上げ、
「”先生”なんて付けんな気持ち悪ィ。」
と言って、「寝ぼけてると朝飯無くなるぞ。」と、食堂の方へ歩いて行った。
「・・・・・・・・あ、間違えちゃった。」
新撰組の思い出なんて思い出してるからだ。
それに沖田さんのせいだ。沖田さんが沖田先生と同じこと言うから…。
は、よいしょっと起き上がり、体に付いた砂を払った。
「稽古したけど、…入隊試験って筆記とかじゃないよね?」
真選組の稽古の時間、は土方に連れられて道場に向かった。
道場では、「どう!」とか「えぇい!」とか何とも気合いの入った声が沢山響いており
はわくわくしながら道場に入った。
道場では、真選組隊士達ほぼ全員が稽古をしており、達が入ると、一斉に注目の的となった。
は袴姿で髪は高いところで一つにまとめている。白いうなじと赤い唇が映える。
中性的で凛とした雰囲気のに隊士たちは「ほう。」と息を漏らした。
土方が、を真ん中に座っている近藤の傍まで連れていくと、大きな声で隊士たちに言った。
「皆も知っているとおり、スパイの疑いで3日間拘束していただが、スパイ容疑が晴れ、このたび、真選組に入ることとなった。」
道場から、隊士達の「「「おぉ!!!」」」という声が上がった。
「だが、女の隊士など前例がない。したがって、には皆の前で、これから入隊試験を受けてもらう。いいな。」
「はい!」
道場から、再び隊士達の「「「おぉぉぉぉ!!!」」」という声が上がった。
一昨日の、強盗立てこもり事件でのの太刀捌きを見たのは一番隊だけだったため、
他の隊の隊士達はの力量がどれほどのものなのか知りたがっていたのだ。
「では、今から呼ぶ者は前に出ろ。三番隊から安井、上野、十番隊から守山、田中、そして一番隊伍長の山野。」
土方に呼ばれた平隊士4人と伍長1人の合わせて5人が道場の真ん中に出た。
も、それに合わせるように道場の真ん中に出た。
「お前らを囲え。」
5人は土方に言われたようにの周りを囲んだ。
「よし、それではこれから入隊試験を始める。試験内容は簡単だ。お前ら一斉にに斬りかかれ、はこいつらを倒すこと。
これは剣道の試合じゃねェ。体術も使っていいぞ。相手を地面に叩き伏せたら勝ちだ。以上!」
道場内がどよめいた。
隊士5人と、全員が竹刀ではなく木刀を持っている。
木刀での立ち合いは、下手すれば大怪我、打ちどころが悪ければ時に死に至ることもある。
そのどよめきを代表するように近藤が声を出した。
「え?トシ。それちょっと酷すぎない??」
「相当強ェ奴じゃなきゃ、真選組に女ァ入れるメリットがねェ。」
「近藤さん。大丈夫ですよ。」
オロオロする近藤には笑いかけた。
に大丈夫と言われれば近藤も黙るしかない。
それでも、心配そうな近藤に沖田が言った。
「そういやァ、ドラッグストアに近藤さんいなかったですねィ。なら大丈夫でさァ。」
沖田の言葉にうなずく近藤を土方は確かめてから言った。
「それじゃあ、やるぞ。」
隊士5人はそれぞれに木刀で構えをとった。
も木刀を正眼に構え、ゆっくりと息を吐いた。
「始め!」
おおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!
5人が一斉にに襲いかかる。
しかし、はというと、構えていた木刀を下げて一目散に輪の中心から逃げ出した。
ダァァァン!
と、5人の木刀が床を叩き、一斉にの方を向くと、は苦笑した。
「すいません、さすがに5本同時に木刀は受けられないので。」
は木刀を腰に差すと腰を落とした。抜刀術の構えだ。
の目つきが変わった。
その目に土方と沖田が反応する。
「…アイツ、なんて目つきしてやがる。」
「まるで狩りにでる狼ですねィ。土方さんの目つきにソックリだ。」
「あァ!?」
『壬生狼』の呼び名をもちろん2人が知るわけがない。
”敵を目で射る”
沖田総司の稽古の賜物だ。
「、参ります。」
その瞬間、の姿が道場から消えた。
と、ほとんどの隊士は思った。
近藤、土方、沖田を始め隊長格の隊士は目で追えたようで、視線がしっかりしている。
カァン!
と、と山野の木刀が交差した。
それと同時に、他の4人がバタバタと床に倒れた。
この光景に近藤は息を飲んだ。
「トシ、総悟、見たか?あの速さで4人の急所を正確にとらえたな。」
「あぁ、姿が見えねェぐらい速ェ。5人の一斉攻撃から逃げられたのもこのスピードのお陰だろうな。山野はちゃんと見えてたって訳か。」
「いいや。アイツ見えてませんでしたぜィ。の気配で受けた。」
「あっぱれ!さすが一番隊伍長だなァ。」
交差した木刀が、両者の込める力で小刻みに震えた。
序々に力負けしたの方へ木刀が近づく。
「良かった。スピードでは全く歯が立たないけど、力では勝てそうだね。」
山野は余裕を取り戻したのか、薄く笑っての方を見た。
一方は押されてるとあって、余裕の無い表情である。
「…力で…勝てた…ら、わたし、とんだ怪力…女じゃあ…ないです…かっ!」
は、できるかぎりの力で山野の木刀を押し返し、間合いを取った。
「俺、ずっと君と戦ってみたかったんだよね。まさかこんなに早く戦えるとは思ってなかったよ。」
「私もです。伍長同士、戦ってみたかった。」
「そう。伍長同士。って、ちゃんもう伍長じゃないじゃんか。」
「あ、ホントでした。」
そう言うと、と山野はお互い笑いあった。
しかし、あの速さに反応できるとは、山野さん、さすが一番隊伍長だ。
さあどうする。どうするどうする。
タンッ
と、床を蹴ると、は再び、ものすごいスピードで山野の間合いに入った。
そして目にも映らないくらいの速さで木刀を振り下ろす。
カァン!
(こうなったら、必殺!数打ちゃ当たるだろ戦法だ!)
山野は目を凝らした。の速いスピードを考慮して見ると、微かだがの剣筋がキラリと目に入る。
それを山野はの気配と合わせて剣筋を予測し受ける。山野の力量あっての受け技だ。
そして、ただ受けるだけではなくて、力を込めて押し返すように受ける。
カン!カン!カン!カン!
速いペースで、木刀の軽い音が道場内に響く。
隊士達は全員2人の戦いに釘付けだ。
は木刀を握っていた左手に違和感を感じて、再び山野から離れた。
2人とも壮絶な打ち合いで息が上がっている。
「・・・どう?そろそろ左手が痺れてきた?」
「・・・・・・・・やられましたね。」
「いやだなぁ。俺、敵の観察力に自信があるんだよね。計画的デショ?」
「もう山野さんの計画通り、ビリビリですよ。」
「ちゃんの華奢な腕、利用させていただきました。」
山野はこれ以上ないというくらい爽やかな笑みを浮かべて言った。
一方、何ともないように笑うだが、その左手は小刻みに震えている。
「の左手の握力はもうほとんど無ェみたいだな。」
「自分の太刀の反動と山野の攻撃的な受けの力が全て左手にかかっちまったって訳か。」
「全く、山野の痛ぶり癖は誰に似たんでしょうかねィ。」
「「おまえだろ。」」
(・・・くそ。全然左手に力が入らない。)
は、震える左手で今度は下段に構えた。
の構えを見て、山野は八双に木刀を構える。
「山野さん、そろそろ決着をつけましょうか。」
「そうだね。俺も結構疲れた。」
両者がお互いの間合いに走りこむ。
今度ははスピードをそんなに出してはいない。山野の目にちゃんと見える。
(…スタミナ切れ?)
カァン!
力の入っていないの一撃をいとも簡単に山野が弾く。
木刀を弾かれて上半身が少し仰け反ったの口元にはニヤっとした笑みが浮かんでいた。
山野はの笑みを見て、背中にゾクリと寒気が走った。
すかさず2撃目をに入れようとすると、
がくん
と山野の体が右に傾いた。
が山野の袴の右裾を踏んだのだ。
「・・・な!」
しかし、山野は体勢は崩されたが、の裾を踏んでいる足は右足。
木刀は左手にあるため、この体勢では攻撃できない。
山野は隙あり!とばかりに木刀をの首元へ向けて繰り出した。
は、素早く木刀を右手に持ちかえると、山野の袴を踏んでいる右足を軸に半回転し、
同じく山野の首元へ木刀を振った。
ピタ
と、の首元で木刀が止まった。
同時に、山野の首元にも木刀が止まっている。
文字通り、
相討ち
である。
「そこまで!」
土方の声が道場内に響き渡った。
その声に、と山野はドスンと、尻から床に座り込んだ。
道場内に「「「「わぁぁぁぁl!」」」」と歓声が起こった。
こんな壮絶な試合、めったに見られない。
「び・・・びっくりしたぁ。首持ってかれるかと思った…。」
「それは俺のセリフ。まさか袴踏まれるなんて思わなかった。」
当事者2人が周囲の熱気と反比例するように、のほほんと笑い合っていると、土方が2人に寄った。
「の試合結果は、平隊士4人を倒し伍長と相討ち。大したもんだ。真選組への入隊を許可する。」
「ありがとうございます…!!!」
が嬉しそうに笑うと、土方はまだ震えているの左手を手に取った。
こんな手でよく相討ちに持っていけたものだ。
土方がまじまじとの左手を見るので、は少し困惑した。
「あ…あの、土方さん?」
「おっと、すまねェ。外傷が無ェか確かめてたんだが、ただ痺れているだけだな。」
「はい!大丈夫です。」
沖田と近藤もの方へ近づいてきた。
沖田はまだ座り込んでいる山野の頭をクシャクシャにした。
「良かったなァ山野。に負けてたらお前伍長クビだったなァ。」
「うお!沖田隊長。何物騒なこと言ってんスか!一番隊伍長たる者、そう簡単には負けませんよ。」
「お前のヤラシイ戦い方にも磨きが掛かってきたねィ。なぁ。」
「ですよね、沖田さん!私も思ってました。山野さんの戦い方ヤラシイ!」
「ちゃんまで!いいじゃん。相手を潰して戦意を削ぐ戦法なんじゃんか!」
沖田とが山野をからかって遊んでいると、の頭にポンと大きな手が乗った。
「お疲れ様、ちゃん。これで君も真選組隊士だね。」
「はい、近藤さん。いえ、近藤局長。これからよろしくお願いいたします。」
は、近藤の方へ体を向けて正座をし、深々と頭を下げた。
「おう!励めよ!」
ニカッと近藤は笑った。太陽のように笑う近藤には眩しさを感じながらも、一緒に笑った。
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無事、ヒロイン入隊しました。
3人のクリリン達よ解説をありがとう・・・!
山野くんに左手をやられたヒロイン。
山野くんったら戦いの場においてはドSなんです。
次回はヒロインの入隊の諸手続きをして、入隊編ついに完結です。