『監察が一番やったらあかんことはなんやと思う?』



いつだったか、監察の山崎進に聞かれた質問。





act.7




沖田と山野を見送ったは、それから起きてきた隊士に連れられて食堂で朝食をとった。
メニューは白飯にシャケに豆腐の味噌汁。
の世界の朝食と同じような感じだ。
おいしく朝食をとっていると、は鋭い視線を感じた。



「土方さん、おはようございます。」

「密偵容疑がかかってる奴に挨拶なんぞしねェ。」



土方は冷たくあしらっての前の席に座った。
言葉と態度と違うなぁと思い、は思わず笑みが漏れた。





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『監察が一番やったらあかんことはなんやと思う?』


前に監察の山崎進に聞かれたことがある。
正解したら監察に入れてやるという。
いやいや、私一番隊だから。
監察に入れるとか半分冗談にしても、その答えが気になったため、は考えてみた。


『やっぱり、敵に正体がバレることでしょうか?』

『阿呆。それ究極やわ。バレるとか最期やで。』

『うーん…。』

『怪しまれることや。』

『怪しまれる?』

『あぁ。些細な事やねん。敵がちょっとでも何かおかしいと感じたら監察失格や。そこで任務失敗。』

『なるほど。』

『監察は、街に溶けこむ空気みたいな存在にならなあかんっちゅうわけや。』


「あーあ。は黙って一番隊で剣振っとき。」と言って、山崎はの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
はちょっとムっとしたけれども、確かに。
街の中で、任務中の監察とすれ違っても全然気がつかない。
彼らの技術はには決して真似できないものなのだ。


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(私は土方さんに、ものっすごい疑われてるから、やっぱり監察にはなれないなぁ。)




「不審者なのに朝食をいただいてしまってすいません。凄くおいしいです。」



がにこにこ笑いながら土方に礼を述べると、
土方はフンと鼻をならして、懐からマヨネーズを取り出した。
もちろんマヨネーズを初めて見るは、興味津津に目を輝かせてそれを観察した。



「何だァ?お前マヨネーズ好きなのか?」

「マヨネーズ?」

「これだよ。これマヨネーズっつーんだ。」

「食べ物なんですか?」

「そうだ。こうして、こーやって、こーして食うんだよ。美味いぞ。」



そういって土方はマヨネーズを鮭にかけ、味噌汁にドプドプ入れ、白飯の上にとぐろを巻いた。
周りの席にいた隊士達はドン引いた目で見て、食欲が無くなると席を離れた。
一方、は、ほほーうと輝いた目でそれを見て感心して言った。



「何にでも合う調味料という訳ですね!」

「おう。そういうこった。お前も使うか?」

「はい!じゃあ少しだけ。」



土方からマヨネーズを受け取り、白飯と鮭と味噌汁に少量ずつ入れた。
早速食べてみる。
マヨネーズ単品では、酸っぱいような、それでいてまろやかな不思議な味がした。
きっとこれ単品では食べるのでは無いのだろう。
白飯とマヨネーズは…、なんか残念な味がする。
鮭は・・・、お!これはおいしい。
味噌汁は…、む・・・無理だ!この組み合わせ、最高に無理!!



「どうだ、美味いだろ?」



が感想を言いあぐねていると、土方はどうだと期待を込めた目で聞いてきた。
土方にとってマヨラー仲間は、喉から手が出るほど欲しい存在なのである。
はどう答えようかと、うーんと悩んで言った。



「鮭!鮭はおいしいです!」

「鮭”は”?」

「そ…そうですね、ご飯とお味噌汁は、何というか、個性的な味ですよね。」

「そこが美味いだろ?」

「う…まぁ、はい。」



勢いに押されたー!!!
は勢いで「はい。」と答えてしまったことに、猛烈に後悔した。
土方は、そーかそーか。と言いながら、機嫌がものすごい良くなったようだ。満足そうに白飯にもっとマヨネーズをかけた。
はその光景を見て、「ウッ」となった。
これで一般的な隊士の反応が出来るようになったという訳である。



「マヨネーズが好きな奴に悪い奴はいねぇ。お前の密偵容疑も考え直してやらんでもねェな。」



えぇ!?何言ってんのォ!?
は咄嗟に叫びそうになった口を手で押さえて、一生懸命笑顔を作った。
しょうもない理由だが、容疑が晴れるチャンスだ。逃がしてはいけない。



「そ…そうしてもらえると、うれしいです。」



では、私はこれで。と、はサッと席を立つと、
「おう。またマヨネーズが必要なときは何時でも言えよ。」と土方から返ってきた。
挨拶のときとは、天と地ほどの態度の違い様である。


食堂を出て廊下を速足で歩くは、隊士の「アレ!?テレビが無いー!」という叫びが聞こえる談話室の前を通りながら、
ある感想で頭がいっぱいだった。



(進くん、私、ここでは監察になれるかもしれません!)









 
は自分の部屋に帰ると、いきなり天井に向かって話しかけた。



「山崎さーん。ちょっといいですかぁ?」

「・・・。」



天井からは何も反応が無い。
はもう一度、今度は少し大きい声で話しかけた。



「山崎さーん。お聞きしたいことがあるんですけど。」



すると、ガタガタと天井の隅の方の板が外れ、山崎がスタッとの部屋に降りてきた。



「あのね、ちゃん。一応俺、君に内緒で監視してることになってるんだけど…。」

「じゃあもっと気配を消さないと。バレバレでしたよ?」

「Bランクの敵を監視するには、これくらいで大丈夫なんだけどなぁ。」

「ビーランク?」

「俺がちゃんを侮ってたってこと。ごめんね、君は思ってたよりももっと強敵だったみたいだ。」

「お、なんかそう言ってもらえると嬉しいですね。」



はちょっと照れて頭をかいた。



「で、何か用事?」

「あ、そうでした。真選組には歴史書などは置いてありませんか?例えば、大日本史とか。」

「えーっと、大日本史って、たしか水戸光圀の書いた歴史書だよね。」

「はい。」

「ウチには、そんな難しい本置いてないなァ。」

「この世界の歴史がわかるものであれば、何でも良いんですけど…。」

「じゃあ、俺の寺子屋時代に使ってた簡単な日本史の教科書があるから、それ貸してあげるよ。」

「ありがとうございます!」



「ちょっと待っててね。」と言って、山崎は自室に戻った。
この世界の歴史書を読めば、の世界との違いを確かめられると思ったのだ。
だが、大日本史は難しい上に量も多いため、自分で提案しておきながら、読むには気合いが必要だった。
大体が分かればいいので、簡単な日本史の本で十分だった。

…って、アレ?

ついうっかり例えで大日本史と言ってしまったけれど、それはの世界の本の名前である。
それを山崎は知っていた。しかも、筆者が水戸光圀ということも同じだった。
どの程度まで、この世界ともとの世界が同じなのか確かめてみる必要がある。

しばらくして山崎が帰ってきた。



「押入れの奥にあったから手間取っちゃったよ。はい、日本史の教科書。」



はかなり勉強した跡のある教科書を山崎から受け取った。



「ありがとうございます。すごいですね、寺子屋時代の本をまだ持ってるなんて。」

「任務で使うことがあるかもしれないと思うと、なかなか物を捨てられないんだよね。」



俺って物を捨てられない男なんだよね。と笑う山崎を見て、
は真選組の監察は、どのようなものなのか知りたくなった。



「山崎さん、つかぬことをお聞きするのですが、監察が一番やってはいけないことは何だと思いますか?」



さあ、真選組監察山崎は新撰組の監察になれるのかどうか。
はわくわくしながら山崎の返答を待った。
山崎は少し考えてから、言い切った。



「死ぬことだね。」



その一言は大きい声ではなかったが、の心にズンと響いた。



「死ぬこと?」

「正体がバレて、敵に囲まれたとしても俺達は逃げて逃げて、ここに帰って来なくちゃ駄目なんだ。」

「…敵前逃亡は士道不覚悟。ですよ?」

「そう。だけど、監察は自分たちが得た情報を真選組にもたらすことが仕事だから、自害することこそタブーなんだよ。」



衝撃だった。
は新撰組の性質上、敵の手に落ちるなら死を選ぶという考え方を持っていたため、
敵から逃げるということなど、考えたこともなかった。
確かに。死んでしまったら、行ってきた諜報活動の成果まで全て闇に消えてしまう。
山崎が言っていることは、とても正しい。
ボロボロになっても帰って報告することこそ、真選組監察の士道なのだ。



(私は馬鹿だ。)



興味本位で新撰組と真選組を比べるなんて、恐れ多いことだったのだ。
どちらも命をかけて任務を遂行しているというのに。



「すいませんでした。変な事聞いちゃって。」

「全然いいよ。死ぬことがタブーなんて、俺すげー恰好良いこと言っちゃったなぁ。」

「あはは。では、天井裏での任務に専念してください。」

「天井裏はもうバレちゃってるから、もう少し考えて監視するよ。」



そう言って、山崎は部屋から出た。
「あと、そうそう。」と言って、山崎はに振り返って言った。



「これからAランク用の気配で監視するから、今度はちゃん気付かないからね。」



山崎を見送って、は心の中でひとりごちた。



(進くん、真選組でも私はやっぱり監察にはなれないですね。)



は山崎の日本史の教科書を読み始めた。
そこには、カラーなページや写真が載っていて、はまた驚いた。








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山崎進やら山崎退やら、山崎が入り乱れて二度目のすみません!
分かりにくっ!!!
分りにくすぎて、ヒロインに山崎進を”進くん”と呼ばせてしまいました。
なかなか1日が長いですね。
多分、これからスピードアップすると思います。