みんながいないなら、生きてる意味がない。
そう思ったんだ。
act.1
崖の上に、袴に浅葱色の羽織を着て、髪を高い位置で一つにまとめた少女が立っていた。
漆黒の大きな瞳は大空を飛び回る鳥を見つめている。
ひと際強い風が吹き、辺りの木々がざわざわとゆれる。木々の音しか聞こえない様子に彼女は微笑んだ。
「やーっぱり静かな場所だなぁ。武州は。」
そう呟いて、彼女は足を崖の下を見下ろした。崖はかなり高く、下に流れる川の音は聞こえない。
彼女は手に持っていた2本の刀を手慣れた手つきで腰にさし、懐から、つい昨日届いた手紙を取り出した。
その手紙というのは、昔の同僚の島田から届いたものである。
武州のある民家で、彼女はお茶を入れながら、昔彼が元気だった頃のことを思い出していた。
(おいしいお饅頭を買ってきたから一緒に食べましょう。はい、僕が3つで君が1つ。)
外は太陽が真上に上る時間だというのに、このあたりは本当に静かで、あぁ動乱の京都とは別世界だと彼女は実感する。
「今日はね、おいしいお饅頭を買ってきたから、お茶をいれましたよ。沖田先生。」
小さな皿に乗った饅頭3つを、お茶と一緒に仏壇に置きながら彼女は穏やかな声で言った。
仏壇に供えた饅頭と同じ饅頭を1つほおばりながら彼女は外を眺めた。強い日差しが降り注ぎ、早くも夏が来たようである。
「沖田先生が亡くなってもうすぐ1年か…。」
彼女、背は小さく、体つきは華奢だが、元新撰組隊士である。
隊内で剣の腕も立ち、幕末の京都でかなりの数の不逞浪士を討伐してきたが、鳥羽伏見の戦いのあと、
土方に結核で床に伏せっている沖田の世話を言いつけられた。
それは、激化する戦争に女である彼女をこれ以上巻き込みたくないという土方の計らいでもあった。
もちろん彼女は戦線を途中で離脱することをよしとせず、自分も最期まで戦うと言ったが、
(総司を最期まで新撰組でいさせてやってくれ。)
という土方の言葉に武州に戻って沖田を世話することになったのであった。
(動乱が終わったら、俺らが絶対お前を迎えに行くから。)
という近藤の言葉を信じて-近藤の処刑の噂は、すぐに武州まで届いたが-彼女は今まで忠実に、ここでみんなの帰りを待っていた。
「あ、そういえば今日手紙が来てたっけ。」
彼女は受取ったままにしていた手紙を思い出し、封を開けた。
「…島田からだ。」
幕末の京都を一緒に戦った新撰組の同僚からの初めての手紙に、彼女は不審げに内容を読んでいく。
「…土方さんが、死んだ・・・。」
もう彼女を迎えに来る人は一人もいなくなってしまった。
彼女は手紙をビリビリに破くと紙切れとなった手紙は風に飛ばされて飛んで行った。
「さてと、準備万端!」
彼女はもう一度空を仰いで叫んだ。
「新撰組一番隊伍長、みんなが迎えに来てくれないから、私から行っちゃいます!」
タンっと軽い身のこなしで崖を蹴り、は川底へと落ちて行った。
「どうだ、目ェ覚ましたか?」
「いえ、まだ死んだように眠ってます。ほんと全然動かないんですけど大丈夫ですかね?」
部屋の中には男2人と、布団に寝かされている少女がいる。
「…攘夷派のスパイかもしれねェ。目ェ覚ましたらすぐに俺に知らせろ。」
「はい。」
一人の男が部屋から出て行き、部屋にはその男の部下らしき男が一人残った。
「…スパイか。だとしたら、ずいぶんと可愛いスパイだね。」
男が少女の頭を撫でると、少女の大きな瞳がゆっくりと開いた。
「大丈夫?君、全然目を覚まさないからどうしようかと思ってたんだよ。」
男が心配そうに問いかけるが、少女の方はまだ意識が覚醒していないらしい。
彼女は、ぼーっと男の顔を見て呟いた。
「あれ?」
それから、彼女は部屋をぐるりと見渡した。
だんだんと頭が覚醒してきて、彼女の眼が見開かれた。
まってまってまって、私、崖から飛び込んで死んだはずだよね。
あんなに高いところから飛び込んだのに、あんなに勢いつけて飛んだのに、
「あれ!!!?わたし、もしかして助かっちゃった!!!???」
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新撰組のヒロインを真選組に飛ばす物語を書きたかっただけなんです!
大きな心でお付き合いください。(笑)