「土方さん、土方さん。」



土方が自室に戻ろうと屯所の廊下を歩いていると、山崎が近藤の部屋から顔を出し、
ちょっと来てくださいよ。と、言うように手をチョイチョイと招いた。
土方は「何か大変な事でも。」と思ったが、
呼ぶ山崎の顔が何とも気持ち悪い感じにニヤニヤしているので、大事の用という訳ではなさそうだ。
部屋に入ると、近藤も山崎と同じようなニヤニヤ笑みを浮かべている。



「どうした。2人してそんな気持ち悪りィ顔して。」



土方の言葉に2人はさらにニヤニヤを増して目配せして、ないしょ話をするように口に手をそえて言った。



「トシ聞いた?総悟に春が来ましたよ。」






● 本気の恋ほどピュアになる ●






近藤、土方、山崎の3人は、街道沿いの団子屋の向かいの茂みに隠れていた。
山崎の調べによると、沖田は最近見廻りの帰りに必ずと言って良いほど、この団子屋に寄るのだそうだ。



「あ!沖田さんが来ました!」



見廻りの途中と思われる沖田が団子屋にやってきたことに山崎がいち早く気付いた。



「総悟のやつ、まだ見廻りの時間だろうが。またサボリかよ!」



土方が沖田のサボリに怒って茂みから出て行きそうになったところを、すかさず近藤が止めた。



「まあ、今日のところは大目に見てやりなトシさん。お、ヤッコさんが出てきたぜェ。」

「・・・・・・・・あんた、『太陽に吠えまくれ』の再放送また見てんだろ。」



型の古いサングラスをかけた近藤がグッと親指を立てた。
その様子はさながら、ドラマ『太陽に吠えまくれ』のボス『ゆうじろう刑事』のポーズだ。
土方は近藤に軽くツッコみ団子屋の方向を見た。
沖田が団子屋の中に向かって何か叫ぶと、中から慌てた様子で団子と茶を乗せたお盆を持って少女が出てきた。
歳の頃は沖田と同じくらいという感じか。 目がくりっとした可愛らしい少女だ。
少しウェーブがかった色素の薄い栗色の髪を後ろでひとつにまとめている。
近藤はその様子を見て、「ほう。」とため息を吐いた。



「まぁー。可愛いお嬢さんだなァ。」

「そうなんですよ。ビックリするほどお似合いなんですよね。外見的には。」



沖田と少女は通りに面した長椅子に腰を掛けて談笑している。
沖田が何かを話し、少女がそれに相槌を打ち、にこにこ笑っている。
ふと、沖田が少女の髪に手を伸ばした。
少女の髪に埃が付いていたようで、沖田がそれを取ってやると、少女は顔をピンクに染めてはにかんだ。



「・・・・・・・・総悟がピュアな恋愛をしてる。」

「あァ。考えられねェな。」

「S要素は隠したままなんでしょうかね・・・?」



つい先日も、総悟にもっと苛めてほしいという女が屯所に泣きついてきたのだ。
「総悟、お前は外で何やってんだ!」と、土方は顔を青くしながら、女を追い払った。
そんな沖田が、今自分たちの目に、ピュアな恋人同士に映っていることが3人には不思議であった。



「まァ、良いんじゃねェのか?これが普通の10代後半の恋愛ってもんだろ。」

「だよな。今までの嗜好がちょっとおかしかったんだよね。」



3人は、これ以上ここにいてもということで、帰ることにした。
土方が山崎にひとつ聞いた。



「あの娘の名前は何て言うんだ?」

ちゃんです。名前も可愛いんですよ。」

「・・・・。」



少し考え込むような様子を見せた土方に、近藤が「どうした?」と聞くと、
土方は、「いや、なんでもねェ。」と首を振った。
茂みから立ち去る際に土方はもう一度、と呼ばれる少女の顔を見た。


「・・・・・・・・、か。」


























夜、風呂から上がった土方が肩からタオルを下げて廊下を歩いていると、
前から沖田が風呂の用意を持って歩いてきた。



「やぁ土方さん。昼間は3人でコソコソ楽しかったですかィ?」

「何だ、気付いてたのか。」

「あんな陰でワイワイやられたら誰でも気付きまさァ。」

「・・・・・・・・あの娘、ミツバに似てたな。」



一瞬沖田の眉が上がったが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻って言った。



「土方さん、俺ァそんな単純な人間じゃねェですぜ。」

「・・・・・・・・。」

「あんなガキ、姉上の足元にも及びませんや。」



沖田はそう言うと、すっと土方の横を通り抜け風呂に向かった。
土方は「はぁ。」とため息を吐いて、資料室に足をむけた。
』という名字が、山崎に聞いた時からずっと引っ掛かっていたのだ。

























翌日、土方は例の団子屋に客として来ていた。
街道沿いの店は、かなり需要があるようで、小さい店ながら席はほとんど埋まり、繁盛していた。
どうやら、はこの店を一人で切り盛りしているらしい。
忙しそうなそぶりを見せずにチャキチャキ働く姿は実に江戸の町娘らしい。
外見はミツバに似ていると思ったが、性格まではどうやら似ていないようだ。

少し、店の賑わいがおさまったところで、は土方に話しかけた。



「お侍さん、真選組の方ですよね。おたくの隊士の沖田総悟さんにはお世話になってます。」

「土方だ。話は聞いてる。さんだろ?」



何の話を聞いたのか知らないが、土方は偉そうに答えた。
はというと、土方という名前に「まぁ。」と驚いたように両手を口のところに持ってくると、笑顔で言った。



「もうすぐ副長の座を総悟さんに渡すと聞いていたので、もっとお年を召した方だと思っていたんですが、
 こんなに若い副長さんだったんですね。」

「おい、今なんつった?副長の座を?」

「はい。もうすぐ俺が副長なるんだーって総悟さんが。」



あの野郎〜〜〜〜!!!!
あの微笑ましい談笑で、こんなこと話してやがったのか!!!
土方は、わなわなと怒りに震える拳を隠して言った。



「いや。その話は総悟の冗談だ。」

「あは、そうだったんですか。」



は、必死に怒りを隠す土方を見て、笑いをこらえた。
確かに。この人、からかい甲斐がありそうだわ。
だが、すぐに土方は真面目な顔に戻り、低い声でに言った。



「今日は、あんたに言っておきたいことがあって来た。」



の笑顔が強張った。




















沖田は、今日も見廻りの帰りに団子屋に来ていた。
客の少なくなる時間を見計らって来るため、は店の奥のほうに引っこんでいる。
そのため、沖田はいつものように店内に向かって叫んだ。



ー!団子くれィ!」

「・・・!総悟さん!?」



驚いた声を出したに、沖田は不審に思ったが、口には出さなかった。
は、いつものようにお盆に団子と茶を乗せて運んできた。
ただ、その表情はいつもの花が咲くような笑顔ではない。



「どうした?元気が無ェなァ。」



団子と茶を受け取り、沖田は様子がおかしいに聞いた。



「いえ・・・そんなことは・・・。」

が元気が無ェなんて、明日は大雨だなァ。」



そう言って、団子を頬張る沖田に、は意を決して言った。



「総悟さん。し…真選組が、その、お店に来ると、他のお客さんが、あの…怖がっちゃうので、も…もう…。」

「もう?」

「もう、…ここには来ないでいただけますか?」



沖田はの目をじっと見つめた。の大きな黒眼が小刻みに揺れた。
はその視線に耐えられず、ギュっと目を瞑って「ごめんなさい。」と消え入りそうな声で言った。



「そうかィ。」



と、沖田は短く言って、団子屋を出た。
団子屋を発った沖田は1回も振り返らず屯所に戻った。



「・・・ごめんなさい。総悟さん…ごめんなさいっ!」



は両耳を塞ぐように両手で頭を抱えて、うずくまった。




















屯所に帰った沖田は、ものすごく不機嫌で平隊士達は近づくことができなかった。
そんな沖田に土方が近寄ってきた。



「総悟、あの団子屋は攘夷の娘だ。もう近付くんじゃねェぞ。」

「…っ!土方!あんたか!あんた、に何か言っただろ!」



沖田は土方の胸倉に掴みかかった。
土方はそんな沖田の気迫に怯むことなく続けた。



「お前も知ってるだろ?十郎汰。」

「あぁ、過激攘夷派で攘夷戦争の英雄だった。の父ちゃんでさァ。それがどうしたァ!」

「真選組が、ましてや隊長が攘夷の娘と仲良くやらァ、隊内の規律を乱すだろうが!」

「親が攘夷でもは攘夷じゃねェ!」

「親ァ天人に殺されてんだ。いつ攘夷派に走るか分かんねェじゃねぇか。」



ゴッ



沖田は土方の頬を思いっきり殴った。
土方はその拍子に床に倒れこんだが、沖田がその上に圧し掛かり、再び胸倉をつかんだ。
隊士達はその壮絶なやりとりに、割り込むことができず、2人を止められないでいた。



「てめェに何が分かるってんだ。はなァ、親が攘夷だってだけで、子供のころからずっと独りだったんだ。
 誰も自分のことを知らない土地に来てようやく団子屋やってんでさァ。俺が常連になったってだけで泣いて喜ぶような奴なんだ。」

「・・・総悟、お前。」

「姉上に似てるからだァ?そんな簡単な理由じゃねェよ。もっと・・・、もっとアイツは、はなァ…」



それ以上沖田は言葉にすることができず歯をギリっと食いしばり、もう一度拳を振り上げると、その手を掴まれた。



「総悟、もうそのくらいにしておけ。」

「…近藤さん。」

「トシも。ちゃんは攘夷じゃないんだから、そこまで厳しくしなくても良いんじゃないか?」

「だがな、近藤さん…!」

「総悟、俺はちゃんと仲良くするの、だーい賛成だ。」



近藤がニカっと笑うと、沖田はスックと立って、駈け出した。



「おい!総悟!」

「・・・・・・・・団子屋行ってくる。」







「トシ、おせっかいしすぎ。」

「・・・・・・・・。」




















は沖田が去ってから、しばらくの間うずくまったままでいた。




『今日は、あんたに言っておきたいことがあって来た。あんた、十郎汰の娘だろ?』

『…はい。』

『もう、総悟には近づかねェでくれねェか?』

『それは…』

『あぁ。攘夷と仲良くするのは真選組の威信に関わる。あんたが攘夷派でなくても、攘夷派の奴と関わりの1つや2つあるだろ?』

『・・・・・・・・。』

『総悟のことが好きなら、近づかねェで欲しい。』



何を挫けているんだ私。
父さんが攘夷派だからって、これまでも散々こんな目にあってきたじゃないか。
常連のお客さんが一人減っただけじゃない。



『”沖田様”なんてカユくていけねぇ。総悟って呼んでくだせェ。』

『あんた、笑った顔可愛いなァ。ずっとその顔でいろィ。』



『どうした?元気が無ェなァ。』



はガバっと立ち上がった。
いいの!これでいいの!
グシグシと垂れた鼻を拭いて、は店のシャッターを下ろすために外に出た。
外は小雨がぱらついていたため、は傘を差さずに急いでシャッターを下ろした。


ジャリ・・・


という音に、が後を振り返ると、攘夷派らしき浪人姿の男が2人立っていた。



だな。」

「…そうですけど。」

「あるお方から命令だ。アンタを頭にして、ひとつ派手にテロをぶっ放したいそうだ。」

「…何で私を?」

十郎汰様の娘だからだ。アンタが立つことで攘夷派連中の士気が高まる。」

「私は攘夷思想を持ってません。…断ると言ったら?」

「「斬る。」」

「…その命令、晋介兄ィでしょ。」



団子屋の娘が十郎汰の娘だと知り、かつ、そんな派手な計画をするのは、1人しかいない。
昔、父が生きていた頃、兄と慕った高杉晋介だ。父親が攘夷派ってだけで、何て命令を押しつけるんだ。
これじゃあ、土方さんが言うことも、御尤もじゃないか。
”攘夷”なんて言葉、忘れようと生きてきたのに、今日一日で何回”攘夷”を聞かされるんだ。
「まったく、今日は攘夷デーね。」と、は呆れて苦笑すると、淡泊に言った。



「断ります。」



雨脚が強くなった。



凛とした目でが言うと、浪人たちはチャキッと刀の鯉口を切ると、



「では、斬るしかあるまい。」



と言って、に斬りかかった。



「うっわっ!」



ガツン!



浪人の1人が突いた刀を、はギリギリに避けると、刀は垂直に団子屋のシャッターに刺さった。
はその拍子に、その場に尻もちをついた。
完全には避けきれなかったため、の頬には一筋の切り傷が付き、つっと血が垂れた。
もう一人の浪人がに向かって刀を振り上げる。
はもう駄目だと、ギュッと目を瞑った。
ヒュッと刀を振り下ろす音が聞こえた。



総悟さん!




キィン




想像していた痛みがなかなか来ないので、は恐る恐る目をあけると、



「・・・・・・・・総悟…さん?」



見慣れた隊服の背中が前にあった。
沖田は浪人の太刀を軽々と受け止めている。



「おやおや攘夷志士様方、団子屋の女1人に2人掛かりってェのは、士道に背くんじゃありやせんかィ?」



沖田は凍るような笑みを浮かべて、浪人2人に斬りかかった。
一瞬で2人を倒した沖田に、は息を飲む。
その様子を見た沖田は、



「殺しちゃいねェよ。峰打ちだ。」



と言って、「え?そういうことじゃなくてですかィ?」とおどけた。
それでは一気に気が抜けたように、ふにゃっと笑った。



「腰が抜けてしまって、立てません。」



沖田は「しょうがねぇなァ。」と言って、の前にしゃがんだ。
雨に流されて見えなかったが、の頬に刀の切り傷を見つけた。
沖田は、の頬に手を添えた。



「傷…。怖かったなァ。」



は沖田の隊服をギュっと握った。その手が小刻みに震えている。



「あれ…、はは、おかしいなぁ。攘夷派の父を持ったら、こんなことが起こるかもしれないって思ってたんです。
 だから、土方さんの言うことも尤もで、もう総悟さんには会わないって決めたのに、納得してたのに。
 でも…でも総悟さんが今目の前にいて、それで、それだけで、こんなに嬉しいなんて…。こんなに安心するなんて…。わたし・・・っ」



沖田はの言葉を遮るように抱き寄せた。



「もう、いいから。…もうしゃべんな。」



抱きしめる力を強くする。の骨が悲鳴をあげた気がするが関係ない。



「親が攘夷派なんて関係ねェよ。おまえは、は、ただの元気で泣き虫な団子屋のチャキチャキ娘だ。」

「総悟さん。」

の笑顔見に、俺ァ毎日団子屋通ってるんでさァ。」



「これからもそれは変わらねェよ。」と言う沖田に、は涙で濡れた顔をくしゃくしゃにして笑った。



「私だって、毎日総悟さんとお話するために、1日お仕事頑張ってるんですよ?」



「あーあー、雨で髪が顔に張り付いてらァ。」と言って、沖田は、の顔にかかった髪を除けた。
「総悟さんもです。」と、も雨で張り付いた沖田の前髪を同じように除けた。
どちらともなく、お互いに唇を合わせる。
角度を変えて何度も貪るようにキスをした。
と沖田の耳には雨音しか聞こえない。



「…ん、総悟さん。」



沖田は唇を離すと、の頬に手を添えた。



「顔の傷、治らなかったら俺が嫁にもらってやらァ。」



は沖田の言葉に目を丸くすると、幸せそうに微笑んだ。



「じゃあ、この傷に恨み込めとかないと。」

「何だァ?」

「恨みのこもった傷は治らないっていうでしょ?」



の言葉に、今度は沖田が目を丸くすると、ぽんぽんとの頭に手を置いて、の耳に優しく囁いた。



「しかたねェ。治っても治らなくても、俺が嫁にもらってやる。」














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うおおおおおお!!!
かゆいかゆいかゆいかゆい!
ライムさまとの相互記念に総悟夢を書きました!
「超甘々沖田」というリクエストに見事に撃沈。
あ…甘くねェーーー!!
そして前置き長げェーーー!!(笑)
苦し紛れに最後にプロポーズもどきをさせるというセコ技を使いました(爆)
ライムさま、こんな駄文でよければもらってください〜!